ノーベル化学賞「硤合反応(ソアイ反応)」とL型のアミノ酸
2026年ノーベル化学賞を受賞された硤合憲三先生が発見された「硤合反応(ソアイ反応)」は、
有機化学の不思議な反応の発見であり、生命の起源研究や現代の医薬品の創薬開発や精密化学製品の開発に変革をもたらしました。
自然界では同じ化学式なのに、右手と左手のような関係で、鏡写しのように重なり合わないペア鏡像異性体の「L型」と「D型」が存在します。
人工的な化学反応で生成物を作ると鏡像異性体の「L型」と「D型」が同量50%ずつ出来上がります。
しかし、「硤合反応(ソアイ反応)」は、
(放射性物質や円偏光などの)わずかな不斉情報によって、数回の自己触媒サイクルで同じ立体配置の分子を選択的に自己複製させ増幅させる反応です。
わずかなL型(あるいはD型)の偏りがあると、その分子型が自らを増やしつづけて最終的に片方の分子型のみを作り出すという不思議な現象です。
授業の化学で習う「生成物と触媒は別の物質である」という従来の化学の常識とは異なる反応です。
ヒトの体をつくるアミノ酸はほぼL型だけです。
人工的に生成物を作るとL型とD型の両方が同じくらいずつできるのに、なぜ地球にいる生物の体がほとんど片方の型だけに偏っているのかは未だに不明です。
私が九州大学で蛋白質の勉強をしているときから人体がL型アミノ酸だけに偏ることを不思議に思っていました。
また、なぜD型ではなくL型のアミノ酸を用いてタンパク質が構築されているのかなど多くの謎が残されています。
◎生命の起源研究
地球上の生物の核酸はD型の糖で構成されるのに、タンパク質はL型のアミノ酸のみで構成されています。
タンパク質は、アミノ酸が鎖状につながった分子です。
宇宙には、L型とD型のアミノ酸がほぼ同量で存在していますが、生物は、L型のアミノ酸のみ(鏡像異性体をもたないグリシンを除く)を利用してタンパク質を合成しています。
一部の細菌の細胞壁(ペプチドグリカン)でD型アミノ酸が体内で作られることが解ってきましたが、遺伝暗号に基づいてタンパク質を合成するときはL型アミノ酸が選ばれています。
2022年6月、日本の探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰った石や砂から、アミノ酸が23種類見つかりましたが、アミノ酸がD型なのかL型なのかは、この解明に役立ちます。
生物がL型のアミノ酸だけを利用している現象を「生命のホモキラリティー」と言いますが、その起源についていろいろな仮説が唱えられています。
・地球の自転運動によるコリオリ力により、片方の鏡像異性体が選択的に作られ可能性。
・円偏光による光反応により片方の鏡像異性体が作られた可能性
・磁気キラル二色性という現象(磁場中では片方の鏡像異性体が選択的に光化学反応を起こす)
◎現代の医薬品の創薬開発
複雑な立体構造を持ち、品質管理が必要な医薬品の製造において応用されています。
抗インフルエンザ薬(タミフル / オセルタミビル)や神経因性疼痛治療薬・抗てんかん薬(プレガバリン)や降圧薬(L型カルシウム拮抗薬群)や脂質異常症治療薬(スタチン系)
の開発に貢献しています。
◎精密化学製品の開発
ごく微量の分子を足すだけで目的物を自律生成させる製造工程を可能にしました。
◎アミノ酸のD型とL型に関連して
D型のアミノ酸が生物の体に存在しいろいろな生理機能を持つことが解っています。
乳酸菌・コレラ菌・枯草菌など一部の細菌の細胞壁(ペプチドグリカン)に含まれるD-アミノ酸は、糖鎖を架橋構造にすることでタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)からの分解を免れています。治療薬のベータラクタム系抗生物質は、このペプチドグリカン内のD-アミノ酸を標的にすることで細胞壁合成を阻害する薬理作用で殺菌効果があります。
食品に含まれるD-アミノ酸は、食品の味覚に関係します。
うま味成分L-グルタミン酸ナトリウムは有名ですがL-グルタミン酸以外のL-アミノ酸の多くは苦味があり、D-アミノ酸の多くは甘味があります。
皮膚では美容に関係します。
ヒトの皮膚にはL-アミノ酸と一緒に微量の遊離型D-アミノ酸があります。
D-アミノ酸の構成と年齢による減少量の研究で老化や美容に関連するD-アミノ酸含有商品やD-アミノ酸補給の発酵食品の製品があります。